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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)657号 判決 1960年9月29日

判決

京都市下京区河原町通松原上る二丁目富永町三三六番地

控訴人

勝川歌子

同市下京区仏光寺通河原町西入 勝円寺方

控訴人

重田伊之助

同市下京区河原町通松原上る二丁目富永町三三六番地 勝川歌子方

控訴人

勝川喜美

前同所

控訴人

邨松美栄

右四名訴訟代理人弁護士

山内公明

同市下京区河原町通松原上る二丁目富永町三三八番地

被控訴人

河合藤一

右訴訟代理人弁護士

中村直美

主文

原判決(ただし控訴人歌子関係は同控訴人敗訴部分)を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等は主文同旨の判決を求め、

被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、以下に補充する外、原判決事実記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人等は、

「(1) 賃料増額請求によつて直ちにその請求の増額賃料支払義務を生ずるものでなく、賃借人の承諾またはこれにかわる裁判がなければならない。従つて被控訴人が昭和三一年七月三一日なした賃料増額請求によつて昭和三一年七月一日より賃料一ケ月金一三、七〇〇円に増額の効力が生ずるものではない。

(2) 仮りにそうでないとしても、被控訴人は、昭和二七年七月分の賃料の受領を拒絶し、その後の賃料も受領しない意思が明確であるので、控訴人勝川歌子は、昭和二七年九月二日、同年七月八月の二ケ月分一ケ月金三、一九九円の割合の賃料を供託したのを初として、その後昭和三一年六月分まで一ケ月金三、一九九円の割合の賃料、昭和三一年七月分から昭和三四年一月分まで一ケ月金四、七九九円の割合の賃料を引続き供託した。(昭和三四年一月分は二月分とともに同年二月二五日供託した。)右供託によつて控訴人歌子の賃料債務は供託額の限度において消滅した。しかるに、被控訴人は昭和三四年二月二五日、昭和三一年七月一日から昭和三四年一月末日まで一ケ月金一三、七〇〇円の割合の延滞賃料として合計金四二四、七〇〇円の支払を催告した。従つて、被控訴人は真実の延滞賃料額の提供を受けてもこれを受領する意思がないものと認められ、右催告は過大な催告として無効であり、その有効を前提として被控訴人が昭和三四年三月三一日なした契約解除は無効である。

(3) 仮りに右催告が有効であるとしても、控訴人歌子は、昭和三四年五月二日、昭和三一年七月一日より昭和三四年二月末日まで一ケ月金一三、七〇〇円の割合の三二ケ月分の賃料合計金四三八、四〇〇円より同期間の賃料として供託済の金二七九、九三〇円(一ケ月金四、七九九円の割合)を差引いた金二八四、八三二円及び同年三月四月分の一ケ月金一三、七〇〇円の割合の賃料を供託した。

被控訴人は、控訴人歌子が賃借中の家屋であることを熟知しながら本件家屋を買受け、その買受の当初より控訴人歌子が提供した賃料の受領を拒絶して控訴人等を本件家屋から追い出さんとする意図を以て策動して来たものである。従つて、被控訴人が昭和三四年三月三一日なしに契約解除は信義誠実の原則に反し無効であり、控訴人がなした供託は有効である。

(4) なお、被控訴人の前主木崎平四郎は控訴人伊之助の本件家屋中被控訴人主張部分の転借についても承諾を与えているから、右転借権を被控訴人に対抗しうる。」

と述べ、

証拠(省略)

理由

控訴人歌子が被控訴人よりその所有の本件家屋を賃借してこれに居住していること、控訴人伊之助が本件家屋中被控訴人主張部分を控訴人歌子より転借占有していること、控訴人喜美、同美栄が本件家屋を占有していること、被控訴人が控訴人歌子に対し昭和三一年七月三一月到達の内容証明郵便を以て原判決添附の別紙目録第二期間の賃料といて金二五八、〇一八円(もつとも一部供託してある分は供託書持参を以て内金支払として認める旨記載)を同書面到達後五日内に持参支払うべき旨催告したことは当事者間に争がない。

よつてまず、右催告にかかる賃料不払を理由として、被控訴人が控訴人歌子に対し昭和三一年八月二四日送達の本件訴状を以てなした解除の効力について判断する。

(証拠省略)を綜合すれば、つぎの事実を確めることができる。

控訴人歌子は、昭和二〇年一〇月二三日訴外木崎平四郎よりその所有の本件家屋を期限の定なく、賃料一ケ月金七五円毎月末日持参払、将来公租公課の増加土地建物の騰貴その他比隣の事情により増額されるときは異存がないことと定めて賃借し、被控訴人は、昭和二七年六月頃、木崎平四郎より本件家屋の所有権を取得してその登記手続を完了し、本件家屋の賃貸人たる地位を承継したこと。右承継直前控訴人歌子は木崎平四郎に対し約定賃料として一ケ月金三、一九九円を支払つていたこと。控訴人歌子は、木崎平四郎より被控訴人が本件家屋の所有権を取得した旨伝えられたので、昭和二七年七月末日頃、同月分の賃料として金三、一九九円を被控訴人方に持参して、被控訴人不在のため被控訴人の内縁の妻松島晴野に受領方を求めたが拒絶され、その後も数回被控訴人方に賃料を持参したがその受領を拒絶されたので、昭和二七年九月二日、同年七月八月二ケ月分一ケ月金三、一九九円の割合の賃料を供託したのを初とし、その後一ケ月金三、一九九円の割合の賃料の供託を続け、昭和三一年七月四日、同年五月六月の二ケ月分一ケ月金三、一九九円の割合の賃料を供託するまで二ケ月分宛当該月の翌月初旬頃までに供託したこと。控訴人歌子は、木崎平四郎に対しても、被控訴人に対しても、地代家賃統制令所定の統制額が改訂されるとき当然賃料がその改訂統制額に増額されることを予め承諾したことはないこと。被控訴人が被控訴人歌子に対し統制額改訂の都度その改訂統制額の意思表示をしたという事実は全然ないこと。被控訴人は、前記のとおり受領を拒絶した昭和二七年七月分以降の、一ケ月金三、一九九円の割合賃料(昭和三一年七月分まで)についても、引続きこれを受領しない意思が明確であること。

(中略)

被控訴人は、「仮りに賃料統制額の改訂により当然賃料が改訂統制額に増額される契約も、改訂統制額に賃料を増額する意思表示も、なかつたとしても、賃料統制額の改訂により当然賃料が改訂統制額に増額される事実たる慣習が存しており、更に信義の原則によるも借家人は改訂統制額を支払うべき義務がある。」と主張する。

しかし、被控訴人主張の事実たる慣習を認めるに足る証拠なく、被控訴人の信義の原則に基く主張は被控訴人独自の見解であつて採用できない。

更に被控訴人は、「仮りに当然には統制額に増額されないとしても、被控訴人は控訴人歌子に対し昭和三一年七月三一日到達の内容証明郵便を以て昭和二七年七月一日より昭和三一年六月末月までの各期間における統制額を通告してその支払を求めたから、右によつて遡及的に賃料は右統制額に増額されたのである。」と主張するけれども、被控訴人独自の見解であつて採用できない。

以上の認定によれば、被控訴人が昭和三一年七月三一日催告した昭和二七年七月一日より昭和三一年六月末日までの本件家屋の賃料は一ケ月金三、一九九円であつて、右催告当時、右賃料は被控訴人歌子がなした供託によつて消滅していたものと認められる。

従つて、被控訴人が控訴人歌子に対し昭和三一年八月二四日送達の本件訴状を以てなした賃料不払を理由とする解除の意思表示は無効である。

つぎに、被控訴人の無断転貸を理由とする契約解除の効力について判断する。

(証拠省略)によれば、つぎの事実を認めることができる。

控訴人喜美、同美栄、同歌子は、それぞれ亡勝川喜三郎、勝川ゆき間の長女、四女、五女であること。控訴人喜美は、控訴人歌子の本件家屋賃借の当初より、控訴人喜美の女である勝川義子及び母勝川ゆきとともに、本件家屋に同居し、階上一〇畳一室を専ら使用していること。もつとも、控訴人喜美は、昭和三〇年九月頃まで、京都市中区三条木屋町旅館業佐々木信一方に女中として勤務し同旅館で食事をする関係上、右佐々木信一方に単身住民登録をしていたこと。控訴人美栄は、昭和二二年七月頃外地から引揚げて以来、本件家屋に同居し、階上八畳一室を専ら使用していること。被控訴人の前主木崎平四郎は控訴人喜美、同美栄の本件家屋同居について承諾を与えていたこと。(控訴人伊之助は、控訴人歌子の本件家屋賃借以来控訴人歌子より本件家屋中被控訴人主張の部分を転借し、被控訴人の前主木崎平四郎は、右転借について承諾を与えていたこと。)

(中略)

従つて、被控訴人が昭和三二年一月一〇日の原審口頭弁論期日においてなした無断転貸を理由とする解除の意思表示は無効である。

最後に、被控訴人が昭和三四年三月三一日の原審口頭弁論期日においてなした賃料不払を理由とする契約解除の効力について判断する。

(証拠省略)によれば、被控訴人が控訴人歌子に対し昭和三一年七月三一日到達の内容証明郵便を以て本件家屋の賃料を昭和三一年七月一日より一ケ月金一三、七〇〇円に増額する旨の意思表示をした事実を認めることができる。

賃料増額の効力は増額の意思表示のなされた翌日より効力を発生するものと解するのが相当であり、(証拠省略)によれば、昭和三一年七月当時の本件家屋の相当賃料が一ケ月金一三、七〇〇円である事実を認めることができる。

従つて、本件家屋の賃料は昭和三一年八月一日より一ケ月金一三、七〇〇円に増額されたものと認められる。

(証拠省略)によれば、被控訴人が控訴人歌子に対し、「貴殿現住家屋に関する当方と貴殿間の賃貸借は既にさきに解除されて居るのであるが、仮に未だ解除になつて居ないとすれば、昭和三一年七月二一日付書面で御通知した通り同月分からは一ケ月金一三、七〇〇円の割合で昭和三四年一月末日分迄合計金四二四、七〇〇円也が未払となつて居るので、此書面が着いてから五日内に右延滞分を持参御支払下さい。」と記載した昭和三四年二月二五日到達の内容証明郵便を以て賃料支払の催告をした事実を認めることができる。又被控訴人が昭和三四年三月三一日の原審口頭弁論期日において控訴人歌子に対し右催告した賃料不払を理由に契約解除の意思表示をしたことは記録上明かである。

(証拠証略)によれば、控訴人歌子は、前記認定の供託後も引続き一ケ月金三、一九九円の割合の賃料の供託を昭和三二年二月分の賃料まで続け(昭和三一年七月八月の二ケ月分は昭和三一年八月三一日供託)、昭和三二年三月分よりは、控訴人歌子の申立てた賃料を定めるための調停が不成立となつたので、五割増の一ケ月金四、七九九円の割合の賃料の供託を昭和三四年二月分の賃料まで続け(一ケ月金四、七九九円と金三、一九九円とし差額の昭和三一年七月分より昭和三二年二月分まで合計八ケ月分は昭和三二年五月七日供託、昭和三四年一月二月の二ケ月分は昭和三四年二月二五日供託)、原審判決送達後の昭和三四年五月二日に同年三月四月の二ケ月分一ケ月金一三、七〇〇円の割合の賃料及び一ケ月金一三、七〇〇円と金四、七九九円との差額の昭和三一年七月分より昭和三四年二月分まで合計三二ケ月分金二八四、八三二円を供託した事実を認めることができる。

ところで、家屋の賃貸借が解除によつてすでに終了したと主張して、賃貸人が右解除されたと主張する日以後の賃料の支払を催告した場合、賃借人が右催告に応じても、賃貸人において、なお契約終了の主張を維持し、第一次的には損害金第二次的には賃料としてならは格別、第一次的賃料としてこれを受領しない意思が明確であると認められるときは、右催告は契約解除の前提たる効力がないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被控訴人のなした右催告当時被控訴人が本件訴訟において本件訴状送達を以てなされた解除による賃貸借終了の主張を維持している事実、前記催告書(甲第七号証の一)に、あくまで右賃貸借終了の主張を維持した上、仮定的に賃料の支払を催告する旨記載されてある事実、上記認定のとおり被控訴人は本件家屋の賃貸人となつて以来賃料の受領を拒絶し続けている事実、及び弁論の全趣旨によれば、控訴人歌子が、昭和三一年八月二四日本件訴状送達を以てなされた解除以降の賃料を提供しても、被控訴人は第一次的に賃料としてこれを受領しない意思が明確であると認めるのが相当である。被控訴人本人の当審供述中右認定に反する部分は信用し難い。

従つて、右催告中昭和三一年八月二四日本件訴状送達を以てなされた解除以降の賃料催告部分は前記理由により契約解除の前提たる効力がない。

つぎに、右催告中昭和三一年七月一日より七月末日までの賃料催告部分は、前記認定のとおり右催告当時既に控訴人歌子がなした供託によつて右期間の賃料は消滅しているから、解除の前提たる効力がない。

そこで、右催告中昭和三一年八月一日より八月二四日までの賃料催告部分について考える。前記認定のとおり控訴人歌子は右催告当時右期間中の賃料として一ケ月金四、七九九円の割合で供託していたのみであるが、右期間の催告金額は全催告金額の一少部分にすぎないのみならず、被控訴人が昭和三一年七月一日より賃料増額の効力ありとして催告している事実、及び弁論の全趣旨によれば、控訴人歌子が右期間の賃料のみを提供しても、被控訴人はその受領を拒絶する意思が明確であると認めるのが相当である。被控訴人の当審供述中右認定に反する部分は信用し難い。

従つて、控訴人歌子が昭和三一年八月一日より八月二四日まで一ケ月金一三、七〇〇円の割合の賃料の提供をしなくても債務不履行の責を免れるものと解すべきである。

以上の認定によれば、被控訴人が昭和三四年三月三一日の原審口頭弁論期日においてなした賃料不払を理由とする契約解除は無効である。

又控訴人歌子が昭和三四年五月二日を最終としてなした前記認定の供託によつて、昭和三一年八月一日より昭和三四年三月三一日(被控訴人のした解除の日)までの一ケ月金一三、七〇〇円の割合による賃料は消滅したものと解される。

従つて、被控訴人の控訴人歌子に対する請求はすべて失当である。

又、控訴人伊之助、同喜美、同美栄の本件家屋各一部占有について被控訴人の前主木崎平四郎の承諾のあつたこと前記認定のとおりであるから、被控訴人の控訴人伊之助、同喜美、同美栄に対する請求も失当である。

よつて被控訴人の本訴請求はすべてこれを棄却すべく、これと同旨でない原判決(ただし控訴人歌子関係は同控訴人敗訴部分)を取消し、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第八民事部

裁判長裁判官 石井末一

裁判官 小西勝

裁判官 井野口勤

(参考)

判決

京都市下京区河原町通松原上ル二丁目三百三十八番地

原告

河合藤一

右訴訟代理人弁護士

中村直美

同市下京区河原町通松原上ル二丁目富町三百三十六番地

被告

勝川歌子

同市下京区仏光寺通河原町西入勝円寺方

被告

重田伊之助

同市下京区河原町通松原上ル二丁目富永町三百三十六番地勝川歌子方

被告

勝川喜美

右同所

被告

邨松美栄

右被告等訴訟代理人弁護士

山内公明

昭和三十一年(ワ)第七四四号家屋明渡請求事件並びに

昭和三十二年(ワ)第五四号家屋渡請求事件

原告側訴訟代理人

中村直美

被告側訴訟代理人

山内公明

主文

一、被告歌子は原告に対し別紙第一目録記載の家屋を明渡し、且つ昭和三十一年七月一日以降右明渡済みまで一ケ月金壱万参千七百円の割合による金員を支払え。

二、被告重田は原告に対し右家屋中階下表店舗土間六坪三合を明渡せ。

三、被告喜美は原告に対し右家屋中階上十帖一室を明渡せ。

四、被告美栄は原告に対し右家屋中階上八帖一室を明渡せ。

五、原告の被告歌子に対するその余の請求を棄却する。

六、訴訟費用はこれを十分し、その五は被告歌子の負担とし、その二は原告の負担として、その余は被告重田、同喜美、同美栄の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一乃至第四項同旨並びに「被告歌子は原告に対し金二十五万六千八百三円を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、別紙第一目録記載の家屋(以下本件家屋と云う)は原告の所有であるところ、原告は昭和二十七年七月一日より右家屋を被告歌子に対して賃料を地代家賃統制令所定の統制賃料額とする約定で、期限の定めなく賃貸してきた。その間、右統制額は別紙第二のとおりであつて、改訂の都度、原告は同被告に対しその旨通告をしてきた。仮に賃料を統制額とする旨の合意若しくは右通告が認められないとしても家屋賃料の統制額が他物価に比し極めて低廉で本件家屋が所在している京都市下京町河原町松原通りのような繁華な商店街にあつては、一般に家屋賃料の統制額が増額改訂された場合には、当然、家屋賃料も右改訂の額に増額され、借家人は右改訂額を支払う義務を負うとする事実たる慣習が存しており、更には信義の原則によるも家主にとつては極めて酷とも云うべき低額の統制額程度の賃料は当然賃借人としても支払うべき義務あるところである。仮に当然には増額されないとしても原告は後記の昭和三十一年七月三十一日同被告に到達した内容証明郵便により各期間における統制額を通告してその支払を求めたから、右によつて遡及的に賃料は右統制額に増額されたのである。しかるを同被告は昭和二十七年七月一日以降昭和三十一年六月末日までの賃料合計金二十五万六千八百三円の内一部を供託するのみで右金員を支払わない。被告等主張の昭和二十七年七月分の賃料持参提供の事実は否認する。

二、そこで原告は昭和三十一年七月三十一日被告歌子に到達した内容証明郵便を以て同被告に対し前記期間の賃料(尤も原告は別紙第二中(ニ)の期間の賃料額を一ケ月金六千二百六十四円、(ホ)期間の賃料額を一ケ月金六千三百五十五円とし同期間賃料合計金二十五万八千十八円であると思料していた。)を催告書到達後五日以内に持参支払(尤も一部供託しある分は供託書持参を以て内金支払とする)うべき旨催告したが、同被告は右金員の支払をしない。よつて原告は本訴提起を以て、同被告に対し、本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。右催告と本訴提起との間には相当の期間があつたかであるから、右解除は有効である。

三、仮りに右解除が認められないとしても、被告歌子は原告に無断で本件家屋中、階上十帖一室を昭和三十年九月頃被告喜美に転貸し、又同八帖一室を昭和二十七年六、七月頃被告美栄に転貸し、何れからも転貸料として一ケ月各金三千円を受領し、被告喜美、同美栄は当該部分を夫々使用している。よつて、原告は昭和三十二年一月十日本件口頭弁論期日において被告歌子に対し無断転貸を理由に本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

四、仮りに右解除が理由ないとしても本件家屋は床面積は四十一坪二合にして三十坪を越え、昭和三十一年七月一日以降地代家賃統制令の対象より除外されるに至つたのであるが、

(1) 本件家屋は繁華な商店街に位置し、階下は表店舗(六、三坪)、板の間台所(六帖)、居室(六坪)、階上は四室(十帖、四、五帖、六帖、八帖)あつて、営業及び居住に最適である。

(2) 被告歌子は右階下表店舗土間六坪三合を鞄類、袋物商を営む被告重田に対し転貸料一ケ月金五千円以上で転貸している外前記のとおり右階上二室を被告美栄、同喜美に対し一ケ月各金三千円の転貸料にて夫々転貸している。

以上の理由によつて本件家屋の適正自由賃料額としては一ケ月金二万円以上と思料されるので、原告は前記の昭和三十一年七月三十一日被告歌子に到達した内容証明郵便を以て同被告に対し右家屋の同月一日以降の賃料を一ケ月金一万三千七百円に増額する旨意思表示をした。被告は右賃料の支払をしないので、原告は昭和三十四年二月二十五日同被告到達の内容証明郵便にて同被告に対して昭和三十一年七月一日以降昭和三十四年一月末日まで三十一ケ月分合計金四十二万四千七百円の賃料を同書面到達後五日内に持参支払うべき旨催告したが、同被告は右催告にも応じなかつた。よつて原告は昭和三十四年三月三十一日本件口頭弁論期日において同被告に対し本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

五、よつて原告は被告歌子に対し本件家屋の、爾余の被告等に対し本件家屋中前記の各使用部分の明渡を、且被告歌子に対し金二十五万六千八百三円の未払賃料、並びに昭和三十一年七月一日以降右明渡済みに至るまで一ケ月金一万三千七百円相当の賃料、損害金の支払を求める。

と述べ、立証(省略)

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判法並びに被告等敗訴の場合は保証を条件とする仮執行免除の宣言を求め、答弁として、

原告主張の請求原因の事実中、

(一) 一、の事実中、本件家屋が原告が所有であること、被告歌子が右家屋を賃借してこれに居住していることはこれを認めるが、その他の点は否認する。被告歌子は昭和二十年十月二十三日前主訴外木崎平四郎から右家屋を賃借し、昭和二十七年七月原告において右契約を継承したものにして、右承継当時における右家屋の賃料は約定賃料で公定率に従つていたものでなく、一ケ月金三千百九十九円であつた。賃料の統制額は当然に値上りするものではなく、賃貸人から賃借人に対して右統制額の支払方を請求しなければならないところ後記のように被告歌子は原告から昭和三十一年七月三十一日までの間、右のような請求を受けたことはない。而して被告歌子は昭和二十七年七月、原告方に同月分の賃料を持参の上、これを提供したが、原告の家人が原告本人不在を理由として受取を拒み、同被告は翌日再度、持参提供したが右同様、受領を拒否された。よつて被告歌子は止むを得ず該賃料を京都地方法務局へ弁済供託に附した。翌月分の賃料についても右同様になし、その後の賃料は、右経緯に鑑み原告に対する賃料の持参、提供は無駄に帰するものと推し、毎月右法務局に弁済供託して今日に至つている。

(二) 二、の事実中原告がその主張のような催告をなしたことは認めるが、その他の点は否認する。被告歌子は前記のとおり昭和二十七年七月分の賃料から弁済供託しているが、右催告までの間原告から右家屋を賃ら公定率による賃料の支払若しくは右不足分の補てんの請求や催告は一度もなかつたところ、突如右催告を受けるに至つたものであるが、同被告としてはかような請求に応ずべき義務はない。従つてこれを前提とする契約解除は無効である。仮りにそうでないとしても右賃料不払を理由として賃貸借契約を解除することは信義誠実の原則にもとるものであつて無効である。仮りに右主張が認められないとしても被告歌子同重田は本件家屋を賃借以来屋根瓦、天井、床、壁を修理してきたのであつて原告に対し右修理の買取を請求し、原告が右義務を果さないうちは被告等は該点において留置権を行使し本件家屋を明渡さない。

(三) 三の事実中、被告喜美等が本件家屋を占有していることは認めるが、その他は否認する。被告喜美、同美栄は何れも被告歌子と実姉妹であつて、被告歌子が本件家屋を前主木崎平四郎から賃借した当初から同被告の同一家族として右家屋に同居し、右木崎の承認を得ているところであつて、賃料を支払つたこともなくその居室も原告主張のように一定していない。

(四) 四、の事実中、被告重田が原告主張部分を被告歌子から転借していることのみこれを認め、その他は否認する。本件家屋が如何に三十坪を超え、自由にその賃料を定め得るものとしても、被告歌子は原告が一方的に定めた賃料に従うべき義務はないので、原告の値上げ請求に対し同年八月十七日附で京都簡易裁判所に適正賃料額の調停を申立てたが右は不調に終つた。本件家屋の適正賃料は一ケ月金四千七百九十八年が相当であると思料されるので、被告歌子は爾来右金員を京都地方法務局に弁済供託している。

(五) 五、の事実に対しては、昭和三十一年七月一日以降も本件家屋の賃貸契約は解除されていないから、被告歌子は原告に対して賃料は兎角として損害金を支払うべき義務はない。

と述べ、(立証省略)

理由

本件家屋が原告の所有にして被告歌子が右家屋を賃借してこれに居住していること、被告重田が原告主張部分を被告勝子から転借していること、被告喜美、同美栄が本件家屋を占有していること、原告が昭和三十一年七月三十一日被告歌子に到着した内容証明郵便で同被告に対し別紙第二期間の賃料として金二十五万八千十八円を同書面到達後五日内に持参支払(尤も一部供託してある分は供託書持参を以て内金支払とする)うべき旨催告したこと、は何れも当事者間に争のないところである。

(証拠省略)によれば本件家屋はもと訴外木崎平四郎の所有であつて、被告歌子は昭和二十年十月二十三日、右木崎より、右家屋を期限の定めなく、賃料一ケ月金七十五円、毎月末日持参払のこと、将来公租公課の増加、土地建物の騰貴その他比隣の事情により増額されるときは異存がないことゝ定めて借受けていたところ右木崎が昭和二十二年頃被告歌子を相手として、無断転貸を理由とする本件家屋の明渡並びに昭和二十一年八月一日以降一ケ月金七十五円の割合による金員の支払を求める趣旨の訴を提走し、右訴は昭和二十五年四月四日、右請求中昭和二十一年八月一日以降同年九月五日までの賃料として金八十七円五十銭の金員支払の部分に限つて認容され、その余の部分は棄却されたのであるが右訴訟終了後、右木崎と被告歌子との話合いの結果、被告歌子は右訴訟期間中の本件家屋の統制額と右金七十五円の割合による賃料との差額を計算した上、これを右木崎に支払つた(被告重田本人尋問の結果中、右金員は右木崎が気の毒であるから支払われたにすぎない旨の供述部分は措信できない)こと。右木崎は昭和二十七年六月頃本件家屋の所有権を原告に譲渡したので被告歌子は前記のとおり原告から右家屋を賃借りすることゝなつたのであるが、その頃、同被告は右木崎に対して右家屋の賃料として一ケ月金三千百九十九円を支払つていたこと、被告歌子は右木崎より本件家屋の所有者が原告に変つたことを伝えられたので昭和二十七年七月末日頃同月分の賃料として金三千百九十九円を支払のため原告方に持参したが、原告が不在にしてその家人より受領を拒否されその後も賃料を持参したが、前同様、その受領を拒否されたので、爾余、右同額を弁済のため供託していたところ、昭和三十一年七月に到つて原告より被告歌子に対して前記のとおり昭和二十七年七月一日以降昭和三十一年六月末日までの統制額の割合による賃料合計の支払の催告がなされたこと、右催告前において、原告は被告歌子に対して本件家屋の賃料につき右統制額の増額に伴う値上げの通告若しくはその支払方の催告をなしたことがなかつたこと、本件家屋の昭和二十七年七月一日以降昭和三十一年六月末日までの統制賃料額は別紙第二のとおりであることが認められる。原告は被告歌子との間で賃料を統制額とする旨の約定があり、且統制額改訂の都度同被告に対してその旨通告して来たと主張し、(証拠省略)によれば、原告が本件家屋の所有者となつてから、被告歌子の方から賃料を持つて来ないので、昭和二十七年末頃、原告は妻を通じて被告歌子の母親である訴外勝川ゆきに対して右賃料の支払方を催告したり、又統制額が増額になればその都度、右ゆきに対して賃料を増額する旨通告したと供述しているが、証人勝川ゆきの証言と対比して右供述部分を以て、原告から被告歌子に対して統制額の増額の都度その旨通告がなされていたものと認定するに至らない。他に原告の右主張を認めるに足る証拠は存しない。地代家賃統制令による家賃の修正がなされるときには、賃貸人の増額請求がなくても当然修正率の値上げがなされたように扱うのが事実たる慣習であるとする考え方もないではないが、かゝる考え方は統制額が極度に低額に抑制されて一般物価の昂騰に比し著しく均衡を失し、維持管理賃用さえ償い得ないような状況下にあつた昭和二十四、五年頃にあつてははともかく、その後充分とはいかないまでも、数次の修正の結果次第に一般物価との不均衡の度合いも従前程でなくなりつつある状況のもとにあつては、修正率は賃貸借関係の当事者間で合意上又は借家法第七条の請求その他法律の定める手続により右修正率の範囲内において家賃金を増額することを適法とするに止まり、修正率により当然に、家賃金増額の効果を生じるものではないと解するを相当とする。本件にあつては、少くとも原告が被告歌子に対して賃料の催告をなした昭和三十一年七月三十一日までに当事者間で右のような合意又は原告の増額請求がなされたことは認められないので、前記認定事実のとおり右期日までの賃料は一ケ月金三千百九十九円にしてこれを被告歌子が適法に弁済のため供託をしているものと云うべく、原告において昭和二十七年七月一日以降の本件家屋の賃料が地代家賃統制令に基く物価庁の告示により認められた修正率によつて当然に増額されたものとする立前で計算した額を賃料と示してなした右催告は失当であるとする外はない。よつてこれを前提とする契約解除の意思表示はその効力がないものとしなければならない。

次に原告の無断転貸を理由とする契約解除の主張について案ずるに(証拠省略)を綜合すれば被告歌子、同喜美、同美栄は何れも実姉妹であつて、同歌子は前記のとおり昭和二十年から本件家屋を賃借してこれに居住していたが、昭和二十二年七月頃から被告美栄が外地から引揚げて来て右家屋に被告歌子と同居し、内階上八帖一室を専ら使用するようになつたこと、被告喜美はもと京都市中京区三条木屋町旅館業訴外佐々木信一方に住民登録をして同人方に女中として勤めていたが、昭和三十年九月頃右登録を被告歌子方に移して被告歌子と同居し右家屋中階上十帖一室を手入して、これを専ら使用するようになつたこと。被告歌子、同喜美、同美栄は夫々右住居地外で喫茶店或は軽飲食店を経営していること、被告喜美、同美栄は被告歌子に対し賃料として一ケ月各金三千円を支払つていること、前主木崎並びに原告は喜美、同美栄の同居につき承諾を与えたことのないことが認められる。右認定事実によれば、被告歌子は本件家屋の一部を原告に無断で被告喜美、同美栄に転貸したものと云うに差支えないところであり、而も被告歌子はその間、被告喜美、同美栄より、自己が負担している建物全体の賃料を上廻る間代をとつていわば、中間利得をしているように見受けられるのであるがむしろ被告歌子、同喜美、同美栄等は何れも実姉妹で各々独立して生計を樹てつゝ互に助け合つているものと見るべきであつて、被告歌子が被告喜美、同美栄等に対して間貸したことにより、殊更本件家屋の価値を毀損する等原告に対する重大な背信行為も認められないので、原告はかゝる転貸を理由として民法第六百十二条第二項により本件家屋の賃貸借契約を解除することはできないものと云わなければならない。

そこで被告の自由賃料額の不払を原因とする原告の契約解除の主張について案ずるに(証拠省略)によれば原告は前記のとおり昭和三十一年七月三十一日に被告歌子に対して前月までの統制賃料額を示してその支払方を催告したのであるがそれと同時に、昭和三十一年七月一日以降の賃料は自由賃料として一ケ月金一万三千七百円と増額する旨を併せ通告したところ、被告歌子は右増額を不服として賃料額を定めるため調停の申立をなしたが、右調停は成立するに至らなかつたこと、そこで被告歌子は前記のとおりそれまで続けて来た前記供託額の五割増の割合による一ケ月金四千七百九十九円を以て相当賃料となして昭和三十二年五月七日以降(昭和三十一年七月一日以降の分は遡つてその差額)を右金額を弁済のため供託していること、原告は昭和三十四年二月二十五日被告歌子到達の書面で同被告に対し、昭和三十一年七月一日以降昭和三十四年一月末日まで一ケ月金一万三千七百円の割合による合計金四十二万四千七百円の賃料を同書面到達の日から五日内に支払うよう催告したこと、本件家屋を従前の賃借人に貸与する場合においては昭和三十一年七月一日以降一ケ月金一万三千七百円の割合による自由賃料は適正な額であることが認められ他に右認定に反する証拠は存しない。而して被告歌子が右催告に応じなかつたので、本件記録に徴すれば、原告は昭和三十四年三月三十一日本件口頭弁論期日において同被告に対し右賃貸借契約解除の意思表示をなしたことが明らかである。賃料増額請求後の相当賃料の額については賃貸人の立場や事情の相異によつて意見を異にする場合が多く、双方の意見が一致しなければ結局判法によつて確定する外はないのであるから、賃貸人が自己の相当とする増額請求後の賃料額に基いて延滞賃料の催告をした場合に、その額を不相当とする賃借人がその適正な額を決めるため前記認定のようにその趣旨の調停の申立をなし、右調停が不成立となるや、判決により確定されるまで一応従前の賃料額を基準としてその五割増の額を弁済供託したとしても、著しく信義に反するものでないようにも見られるが、本件にあつて被告の供託している金額(金四千七百九十九円)に同期における統制額(金六千二百七十四円)に比しても甚だ少額であつて而も被告歌子は原告より自由賃料の通告を受けた同書面で少くとも統制賃料の額をも知らされているのであるから両者の対比は容易になし得るところであつて而るを右統制額をも不服となし四年前の賃料額を固執して、ようやくその五割増の限度で供託をなすに止まつていることが明らかである。このような事情のもとにあつては、請求に基く増額賃料の不払を理由として賃貸借契約を解除することは妨げられないものと解するのが相当である。(尚、被告は本件家屋に対する修理の買取を請求し、その義務履行まで留置権を行使する旨主張するが買取請求の対象について何等の主張、立証がないから右主張は採用の限りでない。)よつて本件家屋の賃貸借契約は昭和三十四年三月三十一日解除になつたものと云わなければならない。従つて被告重田、同喜美、同美栄の本件家屋に対する前記占有は原告に対して対抗し得べき何等の権限なきものと云わねばならない。

以上の理由によつて被告歌子は原告に対して本件家屋を明渡し、且つ昭和三十一年七月一日以降前記解除までの賃料、その翌日以降右明渡済みまでの賃料相当の損害金として、何れも一ケ月金一万三千七百円の割合による金員の支払をなすべき義務あるものと云うべく、爾余の被告等は何れも原告に対して本件家屋中その占有部分を明渡すべき義務あるものと云わなければならないから原告の本訴請求は右の限度でこれを認容すべきであるが、爾余の部分は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、 第九十二条、 第九十三条を適用し、尚仮執行宣言の申立については本件においてはこれを附するのは相当でないと認めるから却下することゝし、主文のとおり判決する。

京都地方裁判所

裁判官 中村捷三

(目録省略)

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